コジコジスタッフの福島レポート

コジコジのスタッフに福島が実家の大学生の女の子がいます。
今回はその子の視点からの福島のレポートです。

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私は4月15日からバスで実家がある福島県に帰りました。

*東日本大震災で福島市周辺の地域は、家の倒壊やライフラインの停止など地震による被害がありました。
それから1カ月以上たって、復旧作業が進んでいます。
東北新幹線は電柱がペシャンコになっていたのですが、修理が終わり4月末には全線開通する予定のようです。

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飲食店やデパートも通常営業していました。見た感じでは、震災前に戻った気がします。
ですが、建物や道路の復旧が進んでも、福島原発の被害がまだ収まっていません。
小学生も外で遊べず、中高生の部活動も時間制限を設けてやっているそうです。
風評被害によって農業がだめになり、そして農機具を売るお店もだめになっています。
生活をしていて原発事故の影響をとても感じてしまいます。




*福島市のあづま総合体育館へボランティア活動をしてきました。
780人の避難者がいて、避難者のほとんどが原発20㌔圏内にある南相馬市・双葉町・浪江町から避難してきた方たちです。
この避難所は、各家族が暮らすスペースは段ボールで区切られていて、子どもの遊び場も用意されていました。避難している小中高生は、市内の学校に編入して通っています。





ある日の仕事
・朝昼晩の食事配布
・供給物資の仕分けと配給
・掃除
・子供と遊ぶなど
それと空き時間に被災者の方とお話ししました。
特に高齢者の方は不安を話すことで、そのストレスを発散できていたようでした。

避難所の食事は1日3食とおやつの配布があります。
おにぎり、パン、バナナが毎日支給されます。
避難所でやる炊き出しは、3日おきぐらいでお昼の時間だけあります。
日によってはボランティアの方が炊き出しをしてくれるそうです。
その日は山形からのボランティアの方たちが、芋汁の炊き出しをやっていました。
毎日同じ食事で小さい子はなかなか食べてくれないと、お母さんは困っていたようでしたが、この芋汁は喜んで食べていたようです。


物資について。
今では食糧や新聞など多くのものが避難所に支給されています。
衣類も十分にありますが、サイズが合うものがなかなかないようでした。
特にズボンではジャージが人気でしたが、数も少ないのでほしい人に
行き届いていなかったです。
おばあちゃんがはくズボンも、さらに少なくてかわいそうでした。
衣類を送るときは是非高齢者向けのズボンを。




また各ボランティアが、避難者を励ます小さなイベントをやっていました。
マッサージや小中高生向けの勉強会、お花見など企画されていました。
避難者を励ます活動は他にも散髪、ペットの健康診断、演奏会、鹿児島県の小学生からの応援メッセージや滋賀県の小学生が作った千羽鶴など沢山あるようです。

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避難所にいると災害のことしか考えられなくなります。
雰囲気も重く、私はボランティアで数日いるだけなのに気が滅入りそうでした。
各所に震災の情報が書いてある貼り紙があり、周りには避難者しかいないので
気持ち的にも沈んでしまいがちです。
ですが、そのような状況の被災者の方も、演奏会などの応援イベントで
震災のことを忘れてリフレッシュしていました。
私たちは被災者の疲労や不安を実際に感じることはできませんが、
まだ続く避難所生活で、少しの間だけでも震災を忘れ、
楽しんでもらうことは可能です。
避難所生活ではいかに気分転換をするかが大切だと思うので、
災害のことを考えない時間が少しでも長くなればいいなと思います。








*相馬市へ行ってきました
父の友人を訪ねるため、相馬市へ。
国道115号線に沿って走っていると、自衛隊や警察の車をよく見かけました。彼らは相馬市と福島原発に向かうと思われます。浪江町に行く道路が封鎖されているので、原発に行くには相馬を経由していくようです。
市の中心は地震の被害のみで、ライフラインも復旧しコンビニもやっている様子。しかし海に近づいてくると景色が変わってきました。

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道路に船があったり、家が瓦礫になっていたり、電柱が横倒れになっていたり…テレビでは見ていたけれども、その100倍ぐらい悲惨な光景でした。車が田んぼに突っ込んでいたり、船が川に何隻も上がっていたり、まだ死体が埋まっていそうな感じがします。
写真を撮る自分が不謹慎に思えました…
海岸には警察と自衛隊しかいません。
津波は全てを無くしてしまいます。同じ相馬市内なのに、被害の度合いが全く違うのですね。
よくいっていた場所がなくなるだけで悲しくなるのに、家をなくした方々はどのように受け止めるのでしょうか…

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そして目的の友人探し。
市役所で名前と居場所を探し、無事に再会することができホッとしました。
その友人から当日の話を聞くと、その人は船で海に出ていたそうです。
地震の直後、海面が急に膨れ上がってきたので、急いで陸に上がり家族を連れて岡上に逃げたそうです。
逃げる際、津波は道路にそって2方向から押し寄せていてたとのこと。
今は津波で流された会社の1階部分の復旧作業を懸命にしているようです。
そんな大変な状況なのに、その人はとても明るく話しかけてくれ、
「頑張って立て直すからまた来てね!」って言ってくれました。
被害を受けている人の為に、自分のできる範囲でいいから、
震災の復興に協力していかなくては!!と思えました。

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相馬のサクラは満開!!
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東京・都立大学「cosi cosi」をプロデュースする元デザイナーのシェフとシニアソムリエのblog

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